最高の喜びは生きていること 最大の使命は幸せを知ること

大和 みき



 世の中では誰でも簡単に日記や写真がウェブ上に公開できる「ブログ」というものが流行っている。私も趣味の旅行写真や、自作曲、日記を掲載するために、半年前にブログを開設した。
 一方で私はこの春大学を卒業し、新社会人となった。学生時代の記憶はスカスカとしている。私は重度精神病患者だった。

 大学入学により上京したのだが、ほどなくして門を叩いたメンタルクリニックにて「孤児ハッチ型の抑うつ状態」と言われ、哀しきかなその後症状は悪化の一途をたどった。代表的な自傷行為であるリストカットを繰り返したり、不安発作に倒れたり、大量服薬をしたり、校舎から飛び降りそうになったり。淋しさや虚しさから援助交際に手を染め、挙げ句の果てには脱いでお金をもらうようになっていた。しかしポッカリと空いた心の穴は決して埋まりはしなかった。ついには拒食症を併発、体重は三六キロまで落ちてしまった。
 大学三年生の冬、私は全てにケリをつけようと、自殺を決意した。新宿の一二階建てのビルから一気に飛び降り、人生に幕を下ろすつもりだった。
 ところがその直前、私は大きな精神病院に保護され、入院措置がとられ、命拾いをした。今でも人生の師と慕う信頼すべき医師と出会った。彼の献身的な治療と、私の積極的にそれに向かい合う態度が折り重なり、二ヶ月の入院期間を経て私は奇跡的に復調することができたのだった。
 私は退院してから海外へ一人旅に行くなどして人々が素敵に生きる姿をたくさん目にした。そしてこの言葉を深く心に留めるようになった。
「最高の喜びは生きていること」
「最大の使命は幸せを知ること」
 一度は死を考えた者、私の心からの想いだ。あの時死なないで良かった。生きていて良かった。私は開設したブログ上にこの言葉を大きく載せた。

 けれども神様は私を試すことを止めなかった。大学を卒業して入った職場で、思いもよらぬ生まれて初めてのイジメにあったのだ。
「あなたなんか幼稚園生だ!」
 毎日毎日怒鳴られた。嫌な仕事を理不尽に連続して押しつけられた。イジメは絶えなかった。
「どうしよう、怒られる、怖い……」
 毎朝の通勤電車で胃を握りつぶされるような思いをしていた。
 世の中ってやっぱりそんなもの、なのかな。私は毎夜泣き始めてしまった。イジメがこんなに辛いものとは知らなかった。苦しかった。人の不幸は蜜の味という職場で、誰も味方になってくれる人がいない中、私は再び葬られていたはずの自傷行為に走ってしまった。死にたい……死にたい……。ある日台所で泣きながらライターで腕を焼いた。
 そしてブログ上では辛い気持ちばかりを一方的に吐露し続けた。

 そんな日が一ヶ月続いた頃、ブログで知り合った友達から、一通のメールが届いていた。そこには最近の一連の私の言動に対して「この言葉を忘れちゃあかんで!」というメッセージと共に、ある画像が添付されていた。
「最高の喜びは生きていること」
「最大の使命は幸せを知ること」
 と、その彼が私が忘れかけていた私自身の言葉を、筆ペンで自筆で力強く紙に書いてくれていたのだ。
 私はパソコンの前でオロオロと涙を流してしまった。
「そう、そうだね。私は自分で気づいたはずの一番大切なことを忘れていた……。イジメに心を奪われて貪欲になっていた……」
 自分の言葉を再び友人から投げかけらることで、私は幸せの意味を再確認できた。ありがとう、ブログ友達。思い出させてくれてありがとう。私は幸せになりたい。いや、もう既に幸せなのかもしれない。
「もう一度、やってみよう」
 私は退職を決意し、再生に向けもう一度入院した。そして今病室で手書きでこれを書いている。
 そして私は入院してすぐ、自らの平穏を祈り、千羽鶴を一週間で折り上げた。一つ一つ祈りを込めて折った千羽の鶴に、最後にこの言葉を書いたカードを添えた。
“my best happiness is to live just now”
“my greatest mission is to know happiness”
 自分の忘れかけていた大切なモットーを見ず知らずのウェブ上の友達から熱く投げかけられたことで、私は陰によって支えられているであろう光の道へ、再び導かれようとしている。
 ここからでも、私の感謝の声が愛すべき友の所へ、愛すべき友の心へ、届きますように。
 親愛なる友よ。世界中の友よ。
 私の人生が、あなたと縁あるもので良かったと、何度叫べばよいだろう。
 そしてあなたも、もしもこの先哀しみに打ちのめされてしまったときは思い出して欲しい。あなたが生きているから私の人生は素晴らしいんだと言える人が、少なくともここにひとり、いるということを。

2005/07/17



(C) Miki Yamato 2005

渡部書店